2015年3月24日火曜日

親バカですいません

春が来た・・・あっと言う間に・・・。

仕事していると、よく聞くのだけど、
「バタバタしてまして」っていう言い方が一番苦手だ。

「アンタが稼ぐためにやってる仕事の効率が悪いからバタついて人に迷惑かけているんでしょう」と言いたい。

が、このところ、ついこの忌むべき言葉を発してしまいそうになる。
なんだか慌ただしく、毎日が過ぎていって、気分的には、息を止めてクロールして対岸を目指しているような、そんな感じなのだ。

仕事は前のフルタイム(っていうかそれ以上に…)で働いていたときほどハードにやっていないのだけど、何がこう、私を忙しくさせているのだろうと考えると、やっぱりやっぱり、それは子育てなのである。

保育園のお迎えの前に、渋滞に巻き込まれてイライラ、この間なんか遅刻しそうだから保育園に電話しようかと電話を持ってたら警察につかまってしまうしムカムカ、さてお迎えした後にスーパーに寄って、家に帰って料理をしている最中に、足下で息子が「お腹すいてんですけど」などと言ってくる。ああ、結局全自動食洗機買ってない、ほしいな、と思いながら、妖怪ウォッチなどを見せてお皿を洗い、元気を振り絞って息子と恐竜のおもちゃたちと一緒に風呂に入り、洗濯物を畳み、まあ、畳まないこともある、翌朝の弁当の仕込みをチェックし、歯磨きをし、息子の仕上げ磨きをし、自分の髪を乾かすときにはヘトヘトで、座り込んでいる。

とはいえ、毎晩9時半には就寝しているのだから、仕事で終電帰りしていた時なんかよりよっぽど元気なはずなのに、なぜ、なぜこんなに、疲れてしまうのか。
Say yes!  I'm just a BBA……。

息子は、幼稚園へ行く子であれば、いよいよ年少に上がる春。
自分でトイレに行けるようになったし、さいきんは好き嫌いも減ってきた。着替えるし、脱いだパジャマは自分で畳むし、片付けだって、言えばするようになった。
「薄皮をはぐように子育ては楽になる(by中学時代の親友T子)」とはよく言ったもので、気付くと、ああ、助かるなあ、ということも多い。

がしかし、やはり、まだまだ母親に甘えたいお年頃。
身の回りのことができるようになることと、情緒の発達はまた、別進行なのだった。
「今だけはトイレはお母さんと行く!」「お風呂もお母さんと入る!」「(ご飯を)お母さん、食べさせて!」「こっち見て!ずっと見て!いーっぱい見てて!」「新聞読んじゃダメ!これ読もう(恐竜の字が多いヤツ持ってくる)」
赤ん坊のときほどではないにしても、こうしていちいち作業をストップさせられて、フラストレーションがたまるのは、相変わらず……。
テレビも、ニュース番組が見たいんだけど、妖怪ウォッチかドラえもんくらいしか見せてもらえない。極力テレビをつけている時間を減らしたいから仕方がないのだけど。
ビールを飲みながらバラエティ見ていたあの時間は、ここ3年ほど紛失中だ。

今度の4月になるまで待とう、と思っていたのだけど、あまりにも本を読んであげる時間が惜しいので、自分で読めるようにボチボチ字を教えることにした。
ところが、こちらの都合で、疲れているのでなかなか学習も進まず、相変わらず「読んで!」……トホホ…
今度朗読CD付きの本買ってこよ!そうしよ!私も小さいとき、そういうのあったわ、家に!

子どもが幼いときは、将来賢い子になるように、しっかり教えるぞ〜なんて思っていたが、いざその年頃になると、こんな大変なものだとは思わなかった。
何が大変って、「継続」。自分のダイエットも毎日続かないのに、子どもに何か教えるなんて、いや〜、難しい。
おそらく、どんな教材も、継続さえすればその子は伸びる。ようは親がやる気を出すか出さないか。

それにしても、この息子に対する学習計画のやる気の無さは、やはり、自分の世界が、すでに子ども中心ではなくなっていることも大きい。
赤ちゃんのときはつきっきりで、子どものことばかり考えていた。だから、「あれも、これも、教えよう」なんて考えていたものだ。
今はどちらかというと、いかに仕事や家のことをこなして、早く寝るかに執念を燃やしている私は、鬼コーチにはなれないのであった。

考えてみれば、それはそれでいいような気がする。
所詮、親は教師にはなれないし、ならないほうがいい。 息子の教育に執念を燃やしたりしていたら、子離れの時期に燃え尽きてしまうだろう。

まあ、最低限、やれることは、やりますが……。
やれる範囲で……。

最近、とあるママ友から、なかなかに斬新な意見を聞いた。
「中途半端に優秀だと、企業に使い捨てられて、海外の僻地などへやられたりして本人がかわいそうだから、地元でソコソコなとこに就職させて、近場で結婚して子どもを作るような、平々凡々に暮らすための教育でいい」

これまで彼女からは、まったく子育てや教育の話が出てこなかったから、どういう考えなのだろう、と思っていたのだが、その言葉を聞いて、ほほう、と納得した。
なるほど、いろんな人の意見があるものだ。

私の祖父は、私が大学に行くと決まったとき、お祝いの言葉ではなく、
「女がそんなところに行ってどうするんだ。ろくなことがない」
と言って、当時私はたいへん憤慨したものだけど、いまなら祖父の言うことが多少分かる気がする。

また、別のお友達がこう言った。彼女は20代の娘が2人いるのだが、
「大学よりも就職よりも難しいのが結婚」
……うーん、私も、この年齢になると、この言葉が大いに響くのであった。

息子が大人になるとき、日本がどんな社会になっているのか、まったく想像がつかない。だから、教育については、「こうすれば間違いない!」という方向がまったく見えなくて、なんとなく、いろいろと迷ってしまう。

だけれども、結局、人間は生まれ落ちたところで、精一杯生きるしかないわけで、夫と私を選んで生まれてきた息子は、この生活のなかで当たり前に育ち、思春期をこえたら、自身で選択をしていくことになる。ただ、その選択は必ず自身でしなければならないこと、且つその選択に後悔する必要がないことだけは、教えてやらないといけないと思っている。

自分が毎日忙しいということから、教育論(どこがw)にまで脱線してしまった。


 
 「僕はどんな大人になるか、見てみよう……」

 さて、2月には、毎年行われる保育園の生活発表会があった。
子どもたちが一生懸命練習して、歌や寸劇などを披露する。
息子が属する「2歳児クラス」の演目は、「はらぺこあおむし」という絵本をベースにした、ミュージカル(って言っていいのかな) であった。


 「お日さまが登って〜♪ あたたかな日曜日の朝〜♪」

あおむしを模した衣装がかわいいのなんの……。
息子も声を張り上げて歌っていた。
リハーサルでは緊張してかたまっていたらしい皆、本番では完璧な内容で、親たちも絶賛。



当年度のクラス担任は、2人とも40代後半くらいのベテラン保育士。
前のクラスまで、20代の若い先生が受け持っていたので、「どうかな…」と思っていたが、結果的に、この年齢をベテラン保育士に見てもらえたのはとてもありがたかった。
完璧主義の主担任K先生による、程よい飴と鞭で、子どもたちは大きく成長した。

ついに4月からは、保育園6年間も折り返し。残り半分の「お兄さんお姉さんクラス」に進級する息子。3学年が同じ部屋で過ごす異年齢教室で、またまたぐっと成長しそうで、楽しみだ。

 季節ごとに手作りの飾りを持ち帰ってくれる。嬉しいけど、どんどんたまるので、写真を撮ってはさっさと捨てている。


3年も通っている保育園では、すっかり仲間意識も出来て、楽しそうな息子。
ところが、しばらく通っている唯一の習い事の方では、大きな壁に当たっていた。

英語の体操教室、マイジムというところに、1年半ほど行かせている。
はじめは、親と一緒にプレイするので、喜んで行っていたのだが、数ヶ月前から、親子分離でプレイするクラスに進級した。
ふだん、保育園に行っている息子のことだから、特に問題もなくこなすだろう、と考えていたのだが、急に、毎回大泣きするようになってしまった。
何が理由なのかよくわからない。とにかく、「お母さんと!」。夫がいれば「お父さんと!」。分離を拒み、大好きな運動もほとんどせずに、泣きわめく。
いつも泣いてパニックになっているので、新しいお友達もできない。
前々から一緒に通っている、Honamiちゃんというお友達だけが頼りで、彼女がいないと泣いてしまう。

私がいるから甘えが出るのだろう、と、先日は、父子で出かけたところ、最初から泣き叫び、10分ほどで、夫が怒ってすぐに帰ってきてしまった。うちの夫、温和に見えるが、たいへん短気なのだ。

こんなことを繰り返しているので、夫が「もう辞めさせよう」と言い出した。
私も、もう辞めさせようかな、とちらっと考えた。

このマイジム、月会費が2万円に消費税。週に一度のプレイタイムと、週に3、4日ほどある自由参加の時間があるのだが、多忙な私はプレイタイム以外の時間に連れて行くことができない。だから、週に1度。
つまり、1回、5000円。
正直、高い。
 英会話と体操を、別々に行かせる手間を考えると、多少高くてもいいか、と思って(これぞ共稼ぎの典型w)、こちらを選んで行かせ始めたのだけど……こんなに高いお金を払って、毎回泣いて帰ってくるのでは、たまったもんじゃない。

近所でよさげな英会話教室はないものか、と、探してみた。
それでも、英語だけを3歳児に教えるのにまだ抵抗があって、なかなかコレという教室が見つからない。

それに、理由もわからないのに、泣いていやがるからといってすぐ辞めさせるのも、どうなのだろう、と抵抗があった。本人は、いつも家を出るときはやる気マンマン、マイジムTシャツを自ら着て、ウキウキ車に乗り込む。教室に着くまでも元気。さあ、靴を脱いで、始まるぞ!というときに、いつも泣き出す……。

なぜだろう、どうしたらいいんだろう、と、少し考えてしまったが、そのうち、「まあ、きっとそのうちケロッとやるようになるだろう」と思った。その時まで、お金はドブに捨ててもいいから、待とう、と決めた。やめるなら、元気いっぱいやっている姿を見てからだ!!と。

翌週、息子は突然ブレイクスルーした。
元気いっぱいに飛び出していき、誰よりも張り切ってプレイ。大好きなHonamiちゃんもいるけども、ほかの子とも交流を持とうと積極的だった。

その姿を見ながら、そうだった、子どもはジグザグ成長するんだった、と思った。
まっすぐ右肩上がりで成長しないのが、子どもだ。
三上満さんの言葉に、「子どもはジグザグ発展途上人」というのがあって、その通りなのだった。

マイジムは高いし、ずっと続けるかどうかはわからない。
年齢も上がり、いろいろな習い事を選べるはずなので、もっとリサーチしようとは思っている。
でも、将来、何か習い事や学習でつまづいたときに、すぐに『向いていない』諦めるのではなく、じっと見守ることが大事なんだなあ、と、しみじみ思った。


その日、マイジムをしっかり満喫した後で、ご褒美に、家族で小田原に出かけた。
おさかなセンターのそばにある、和食店でランチ。


オープン時間前に行ったのに、1時間待たされたってどういうこと!

でも久しぶりに食べた天丼…おいしかった〜

息子もお子さまランチ、たくさん食べたね!

お父さんはゴージャス穴子丼!

ご飯の後は、生命の星・地球博物館へ。
なんとこの日、何かの記念日で、入館無料♡

入ったところに展示してある恐竜の骨を見て、私が
「わ〜、ティラノみたいなのあるよ!」
と息子に言うと、
「違うよ。チンタオサウルスだよ」

見ると、本当にチンタオサウルスだったので、仰天……。
男の子のオタク気質には驚くばかり。

 無料で入ります!

恐竜の折り紙も無料でもらえたよ!

恐竜大好きな息子は終始ご満悦♪

 「アザラシやオットセイの見分けがつくようになりたい」と言っていた夫、念願かなってそれ系の剥製がたくさんあるところに来れたね…
って水族館のほうがいいね


博物館には図書館もあって、息子は恐竜の本を読みあさる(←夫が読んでやる)。そのスキに昼寝をする私。有意義な時間が過ごせました。

その後、山道を登って、一夜城のヨロイヅカファームへ。
やたら混んでて、またどれもこれも価格設定が高い。
息子にせがまれてプリンソフトを買って与えたが、ミニストップのほうが美味しかった。

 「美味しいね!」いや、ミニストップのプリンソフトのほうがコスパすごいんだって。

「ここ、大好き!」と息子。小田原は、すぐに田舎が広がって、素敵。

 なかなかセクシャルな石像を見つけて、よくわからずおどける息子。

博物館で買ってあげた、卵型の化石発掘玩具を、家で楽しむ父子。
楽しい一日だった。

 憧れの「発掘作業」を体験した息子。


この次の週も、マイジムは泣くことなく、元気にやっていた。


やることがたくさんある日々にアップアップしながらも、子育てのご褒美か、ときおり、心から笑えて、心から楽しいと思える家族の時間が訪れる。
そのひとときは、それまで積み重なったすべてのイライラを一瞬で吹き飛ばしてくれるくらいのパワーがある。

 息子に、夫に、感謝しつつ、この春も、荒野を行く戦車のように、すべてを踏みならして進んでいく私であった!!





2015年2月3日火曜日

健康に感謝して♪

あっ!!!
という間に、1月が終わった。
光陰矢の如しを、年々実感・・・
忘れないうちに、2015年1月の出来事を、書き留めておこうと思う。

 ドラゴンボールの前でキメ!

息子を、人生2度目の映画館へ連れて行った。
Hinakoちゃんと、Teppeiと共に、お目当ては、「妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!」。
Teppeiは、人生初映画館。
ママは赤子を連れているので、テラスモールでお買い物をしていてもらって、私とHinakoママで子どもたちを連れて行った。
上映がはじまってかなり時間もたっているので、お客さんも少なく、私たちのほか、1組だけ。

息子は鑑賞中ずっと興奮して、
「怖い!!」
「危ない!!」
「ダークニャンだ!!」
「志村〜、後ろ〜!!」
などと叫んでいた。あ、志村〜、後ろ〜!!は嘘です。
ママ不在のTeppeiは、とにかく固まったまま、スクリーンを凝視。一言も漏らさなかった。でも、終わってから、小声で、「楽しかった・・」と言ったw

私は朝が早かったので、映画の最中、すっかり居眠り。だからストーリーがよくわかりません。当日はレディースデーだったので、助かった。


 じっと見入る子どもたち・・・Teppei、真剣!

ダークニャンのメダルをゲットして喜ぶ3人。


24日(土)は、前の職場のかわいい後輩、Kumikoさんの結婚式@銀座のレストラン。

2年ぶりくらいに着物を着てみたが、二重太鼓はまったく難しい。。
一緒に行ったケーコさんに、帯を直してもらって、ようやく落ち着いた。


 綺麗だったよ・・・Kumiko!

 やっぱひらまつ!スモーク料理が出て来た。アスパラの下に後から置いてくれた。左下のカネロニにはフォアグラが入ってて美味しかった〜♡

Kumikoさんと一緒に過ごした銀座の事務所での日々が思い出され、そして彼女の父母の姿を見て、感動の披露宴だった。
なぜか主賓のスピーチをした私・・・ちょっと感涙して詰まってしまいました。
もうすぐ赤ちゃんも生まれる新カップル。
末永く、お幸せに・・・。

夜は、久々に、大好きなワインバー清風名月へ。
オーナーのソムリエKiyoさんと、感動の再会♪
相変わらず飄々として、楽しい人だったなあ・・・。
いつものように、 カウンターで初対面のお客さんと共に話に花が咲き、とっても楽しいひとときを過ごした。
懐かしい場所に戻ってきたのが嬉しくて、都会で飲んでいる自分に酔いしれるおばさんたち・・・。
帰りは夫が車で迎えに来てくれて(都内のお友達宅に車と息子を預かってもらっていたので)、心置きなく飲めたし、車の中で着物をはだけて足を開き、リラックスして帰宅したのであったw

Kiyoさん、またなんとか夫と息子をやりくりして飲みに行きますので、待っててねえ!



 パジャマでディナー。家っていいね♪

1月26日は13回目の結婚記念日。
前夜の日曜に、わが家で前祝い。

ええっと、何を飲んだのだっけ。
ああ、しまった、初めの微発泡なヤツをボトル撮り忘れた!!
弟がお正月にプレゼントしてくれた、 カミッロ・ドナーティのフリッザンテ。ヴィンテージも記憶になし・・・

しかし、このワイン、ものすごく面白い味わいだった。色もちょっと褐色がかっている。
有機農法のぶどう、ほったらかしみたいにして、自然のままで醸造。
なんというか、どぶろくとかマッコリみたいな味。そして、香りに馬糞臭さはなし。


しいたけとシェーブルチーズのグリル。ゆずこしょうのサラダにのせて。これがフリッザンテに良く合った。


パスタは、icakoちゃんに教えてもらった、ココナッツオイルのトマトスパゲッティ。これもシンプルで美味しかった。


 夫がまたひっぱり出してきたろうそくw 25年まで灯せるか?!

お肉は河野さんでおいしいステーキ肉を買っておいた。
こちらはシャトーモンテリーナ CS 2009でモグモグ。



シャトーモンテリーナといえばシャルドネだけど、CSもなかなか・・でも余韻はちょっと短めだったかな。

おいしい酒に、だんだん酔ってきた夫。

この夫の後ろ姿に、息子の赤ちゃんのときの後ろ姿を思い出して、つい笑った。

 腰の角度というか・・親子だねえ。

ワインも2本でやめておけばいいのに、まだつまみが残っているという理由で(いつもこの理由で飲み続ける酒卑しさが嫌)、安ワインをあける夫。
案の定撃沈して、キッチンで眠り始めた。


 そこで寝るな、そこで!!

「寝ない」と言い張っていたので、放置して就寝した。
朝方、ガチャガチャとお皿を洗う音が寝室まで響いてきた。
お疲れさまです。
 

 「この道が好きなんだ!」と息子。

1月だというのに、春みたいに暖かい日があった。

仕事後、保育園にお迎えに行き、車に乗せて走っていると、息子が、夕焼けが見たい、と言い出した。
西の方を見ると、確かに、まだ日没に間に合いそう。オレンジ色の空が見えた。

「急いで江ノ島へ行こう!」

江ノ島といっても、展望台の方へ行くのではなくて、女性センターの先にある堤防の上の散歩道へ。
日が長い夏に、よく保育園の後、息子とお散歩に来るこの場所へ、冬場に来たのは初めて。
息子は、オレンジに染まる空と、白い月を見上げて、大声で叫んでいた。

本当に暖かくて、上着はいらなかった。
崖の方まで行って、波しぶきを眺めた。

ああ、おいしいぬる燗が飲みたいなあ、と思った。まるで春みたいに。
本当に瞬間的な暖かい日だったのだけど、こういう日は、逃さずに息子と外へ出よう、と思う。
翌日からは、すぐに寒さが戻った。


「こんな風になっちゃうよ!」と看板を再現。


月末の土曜日は、
昨年末に亡くなったお友達Cちゃんの家へ。
一人残された奥さまは、住み慣れたそのマンションを引き払って、別の場所に引っ越すことになったという。
思い出がたくさん詰まったその家での、最後の献杯をする集まりに参加した。
お酒と、おいしいものが大好きな仲間たちが集まって、夕方から夜まで、しこたま飲んで話した。

闘病ノートも見せてもらった。
前向きで、奥さまに感謝する言葉が綴られているそのノートを読むと、彼に、ものすごく会いたくなった。
なんだか、彼だけ出張か何かに出かけているような気がした。

「ただいま〜。あれっ、なになに、もうやってんの?」

なんて、江戸っ子な口ぶりで、重たい仕事鞄を提げて家に入ってくる彼を想像した。

 
 息子は青学美女Mちゃんに夢中!

亡くなったCちゃんがいつも自慢していた、Eさんの天ぷら、美味しかった!

ゆうちゃん作のパスタも、美味しかった!

人には、いろんなことが起こるんだなあ、と、つくづく思う。
それでも、何があっても、誰にでも、再び光明が射す日がやってくる。
いま生きていることと、健康でいられることに感謝して、前を向いて生きていきたいな、と、思えた一日だった。

Eさん、落ち着いたらゆっくり話したいです。
藤沢まで、ベビーカーと一緒に帰ってくださった I さんご一家、そしてゆうちゃん、ほんとにありがとうございました。また飲みましょうね!

さあ、2月も、病気に注意して加湿しまくって、春まで乗り切ろう♪










2015年1月16日金曜日

お正月を取り戻せ

鎌倉に戻っても、しばらく雲の上をふわふわ歩いているような感覚が続いていた。
このしつこい風邪には、本っ当に、参りました・・・。

さて、
お正月を取り戻せ!とばかりに、さっそく楽しい予定が目白押しの1月。
10日には、極楽寺のK家で、新春日本酒の会が催された。
メンバーはお酒好きな3家族。
唯一、K家のAiちゃんはお酒が飲めないが、宴席では飲んでるみたいに弾けていた!






和食でもりもり!贅沢だった〜♡ これはほんの一部。

持ち寄りのテーマは「日本酒と、それに合うおいしいもの」。
牛肉のたたきに、めかぶ、桜えびのかき揚げ、お刺身盛り合わせ、くじらのお刺身、チキン、煮物などなど、もりもりもりもり・・・!
いまだかつてないほどに豪華な食事となった。

わが家は、愛知県の銘酒、蓬莱泉の空と、獺祭を2種類持参。
ほかにもおいしい日本酒がずらりずらりで、病み上がりなのに大興奮♪

Aiちゃん、酔ってる・・・?

日本酒を飲みながら、ホストのやっちゃんがBGMに流してくれたのは、まずはお正月の和楽。
そして、だんだん70〜80’Sな懐メロ、演歌が流れはじめ……

みんなで「ア〜ア〜♪ア〜ア〜♪ ア〜アア〜アアアア〜♪」

沢田研二の「勝手にしやがれ」で盛り上がりは最高潮……!!

 
音だけで満足できないメンズは映像を流してノリノリ♪子どももつられてノリノリ

 ほかにも、八代亜紀や石川さゆり、小林明子など、アラフォーが食いつく懐かしい曲で杯がすすみ、みんなすっかり酔っぱらってしまった。

 帰りの極楽寺駅でもノリノリのヤング♪


大人に絡まず、3人で仲良く遊び続けた幼なじみたち♪

気付けばもうすっかり夜。楽しかったね〜と解散したのだけど、
後からママたちと話したのは、
「私たち楽しかったけど、子どもら何してたんだろうね?」

今までは、誰かがかわるがわる
「ママだっこ〜」
とか、
おもちゃを取り合いしてウエーン!!
とか、
「これできたよ〜見て〜!」
とか、
なんだかんだと大人の宴席に入り込んできていた子どもたちが、その日、自分たちのお腹が満足した後は、ほとんど私たちに寄りつかなかったのだった。
きっと、酔ってだらしなく盛り上がる大人たちを、白い目で見ていたに違いない…。
大きくなったもんだ……。

それにしても、ワインもいいけど、日本酒もいい!!
また早いとこ、やりたいなあ〜!


 ついに買っちゃった♪ 新兵器!

これは今年、わが家に登場した新調理家電、ず〜っと欲しかったザイグル♡♡
風邪で寝込んでいる間に、布団のなかでフリマアプリで買った新古品。

焼くのに少し時間はかかるけど、なかなか美味しくできあがる。
こうして焼き肉するだけでなく、IHの上に置いて、焼き台みたいに使ってもいる。
洗う部分も少ないし、片付けるのもらくちん。最高で〜す!


そして三連休の最終日には、毎年のわが家の恒例行事、成田山への初詣へ。
去年は3月の極寒日に行ったっけ……。
今年は、けっこう早めに済ませることができて、ひと安心。

お父さんと3歳のボク

お母さんと3歳のボク

 お稲荷さんに、お揚げをお供えしました

 ラブラブな父子

お参りをした後は、いつものように鰻の川豊へ。
10時30分に行ったら、もうすごい人!!
さすがに連休か……それにしても、みんな朝早くから鰻食べるんだなあ。
ってわが家もだけど……。

私は並!夫は上!

20分ほど待って、ようやく席に通してもらえた。
参道には、ほかにもたくさん鰻店があるのだけど、この店しか繁盛していない。
どんな違いがあるのかわからないけど(他の店に入ったことがないから)……
毎年1回だけなので、ついこの店に来てしまう。


 ワイルドにご飯をかきこむ息子

息子がまだ赤ちゃんだったとき、
この店で、隣の席に座っていたおじさんおばさんが、 息子を抱いていてくれたなあ……。

帰りには、酒々井のアウトレットに寄ってみた。
夫はコートを探していたが、今年も買うのを断念した。
来冬こそは、秋ぐらいに買えるといいねえ…。

 アウトレットのレゴショップで。


その後も、職場の友達がバースデーケーキを持って飲みにきてくれたり、

 けんちゃん、カルヴァのケーキ最高でした♡ ありがとう……

ママ友といつものカフェで飲んだりと、


年末に息子を預かってくれたお兄さん……

空白のお正月を取り戻すべく、遊びに仕事に精を出し、
すっかり肝臓のほうも元気を取り戻しておりますっ!!!!


毎日「バァバのお家へいこうか!」と言う息子

最後のこの写真は、 お正月休みが終わり、祖母とお別れした日の息子。
鎌倉に戻りたくない!バァバのお家がいい!と言い張って、新幹線に乗ったときにはボーゼンとしていた。

鎌倉に戻ってしばらくしても、布団のなかで、
「バァバに会いたいなあ……」
などとつぶやいていたり、美味しいものがあると、
「バァバとジィジにも食べさせてあげようね」
などと言っている。

今回は帰省中ずっと私が寝込んでいたので、また余計、祖父母への依存が深まったみたいだった。

それで、つくづく、思った。
息子が1歳半のときに、彼を実家に預けてイタリアへ行ったことがあったが、あれは、やっぱり行って良かったんだなあ、と。
小さい子どもを置いて母親が海外へ行くなんて、という反対意見もあるにはあったが、私は自分の母親を信頼していたし、行くべきだと思ったので強行したのだけど、今思えば、(私の)母にとっても、息子にとっても、いい時間だったと思う。

きっと、息子はそのときのことをもう憶えていないし、今回の帰省すら、将来おぼろげな記憶になってしまうだろう。
でも、母には、孫との濃密な時間がしっかりと刻み込まれたし、祖父母から受けた愛情は、息子のなかできっと生き続けるはずだ。

そんなことを考えていたら、私も、幼い頃に祖母の家に預けられていたときの記憶がよみがえってきた。
味噌部屋へ作業をしに行く祖母の後ろ姿や、少し離れた町へ用があって出かけようとした祖母の足にすがりついて「ついていく」と泣いた日のことを。
 4、5歳の頃だったと思う。

大人になると、祖父母は遠い存在になる。
そして、離れて暮らしていれば、そのまま亡くなってしまったりして、遠のいたままでお別れしてしまう。

息子もきっと、いつかは祖父母から遠のいてしまうだろう。
それでも、祖父母は孫への愛情を持ち続けるし、孫である息子もいつか、ああ、あんなに祖父母は自分を愛してくれた…と、思い出す日が来るはずだ。
そういう記憶は、その人にとって、自信になるし、支えになる。

子どもというのは、結局、愛情を注いでくれる人が誰であっても良く、つまり、親だけである必要はなくて、愛情を注いでくれる人が多ければ多いほど、その子は強くなるのではないかな、と思う。

子どもを育てていると、つい、こんなふうにいちいち回顧してしまうのだけど、
いまあらためて、祖父母に、両親に、感謝したい。
みんな、本当にありがとう。








2015年1月5日月曜日

本物の寝正月

大晦日に少し外出したのがたたったのか、元旦には高熱がぶり返し、地元の救急外来へ。ふたたび布団へ逆戻り生活となった私・・・

痰が凄まじく、窒息死するかと怯えた。

熱は下がり、鼻汁もピークを超えたとはいえ、まだまだ食べ物の味はわからない。
薬の副作用なのか、立ち上がるとふらふらして、船に乗っているかのように、足下がぐらついている。これが、今日まで続いている。
少し良くなったかと思って外へ出ると、すぐに辛くなってまた横になってしまう。
インフルエンザでなければいいと思っていたが、こうなると、せめてインフルエンザであれば良かったと思う。原因のはっきりしない、どうやら細菌性の風邪は、本当に治りが悪い。

元旦には、弟がステーキを焼いてほしいというので、肉を買っておいたが、結局焼く元気が起きず、母にレシピを伝えて、焼いてもらった。
焼き上がった肉は、肉汁がきちんと閉じ込められて上出来だったが、口に入れる勇気がなかった。目の前には、寿司、おせち、かにしゃぶなど、さまざまなごちそうも並んだが、蟹を1本と豆腐、白菜を少し口にして、その場でまた横になってしまった。親戚の人たちに申し訳ないので、すごすごと布団へ戻った。

結局、楽しみにしていた、友達との約束は、すべてキャンセルすることになった。
す、べ、て……。
ニューヨークから帰省している高校時代の友達とも、前職時代の飲み友達とも、中学の親友たちとも、結婚して名古屋に来た夫妻とも……そして今日から行くはずだった京都もキャンセル……。ライター仲間とも、大学時代の友達とも、京都に戻った逗子のママ友とも……会いたかった人たち、誰一人と飲むことができなかった。

ウワアアアアアアアン!!!!

お正月をやり直すためには、もう1年、がんばらなければいけない。
1年は早いなあ、なんて言うけど、これから1年待つのだと思うと、歯がゆい……。
年末は鬼のような健康オタクになってやる、絶対に来年の年末年始は台無しにはすまい!!

それでも、実家で父母と息子と過ごす毎日は、こんな日々はなかなかないから、これはこれで良かったのかもしれない。
息子の楽しみといえば、少し離れたセブンイレブンへ祖父母と散歩に行くこと。セブンイレブンで買ってもらった廉価版の妖怪ウォッチを身につけて喜んでいる。
どこかに連れて行ってあげたいと思うけど、「ここ(バァバの家)でいい」と言うから、まあ、いいのか。
 

 そういえば、小学生の頃、預けられていた祖父母の家で、年末年始に寝込んだことがあった。買い物に行きたいのに、毎朝熱を測ると37度を超えていて、がっかりしたことを憶えている。当時ハマっていたギリシャ神話の本を読んで、布団のなかでため息をついていた。

明日は、誕生日。
父母と息子と4人で、ひっそりとお祝いしてもらおうか……。
神様、プレゼントは健康な体でいいです。


2014年12月31日水曜日

病み上がりの大晦日に

あと一つ寝ると、お正月。
酷い風邪をひいて、眠り続けていたここ数日、ようやく布団から這い出して参りました……。

ぽかぽかと暖かい大晦日、12月と、今年1年を振り返ってみようと思います。

まずは12月をざっとダイジェスト……


今冬、わが家では念願のこたつ生活スタート。
だめ人間続出。
でも落ち着くんだよね〜、こたつ。


 クリスマスシーズンは、ごちそう攻め!
宴会!
宴会!
また宴会!!

このチキンは、わが家でケータリングクリパをしたときの・・・
大町の寿家さんにお願いしたお料理の1つ。お腹には内臓やもち麦が入っていて、とてもあっさりとして、塩加減も抜群だった。


寿家さんのクリスマスケーキ。
絵本から出て来たみたいな、素朴でかわいいケーキにぐっときた!



その後、毎年恒例になりつつある、扇ガ谷でのオトナのクリパにも参加・・・


鎌倉の父母と慕うHigashi家へ。
Kunikoさんが作るターキーを目当てに、グルメな女子が集まって、豪華な一夜。
これは百合根とカリフラワーのグラタン。滋味あふれるとはこのこと。


思い切り〜アメリカ〜ン♪♪なターキー登場!
赤身にはたっぷりとグレービーソースをかけて、白身にはベリーのソースをかけて。
おいしかった・・・・ 


クリスマスの朝。
ツリーの下で自分たちのプレゼントを探す子どもたち。



息子のプレゼントは蔦屋書店の袋に入っていたw
恐竜ブームの息子にサンタさんがくれたのは、恐竜のパズルと絵本、リクエスト通り…。



裸族のお友達が泊まりにきたこともあったね……


そんな12月、
大好きなお友達が天国へ旅立った。

獺祭のパーティーで初めて出会って、それから何度、お酒をご一緒しただろう。
結婚式にも招待していただいたし、家族ぐるみで、良くしていただいた。
神社での結婚式、素敵だったなぁ。
彼が加山雄三の歌を熱唱しながら登場した披露宴、楽しかった。
山中湖では、雨の日に、いっしょうけんめいお肉を焼いてくれた。
私が人生最大のピンチに陥ったときも、夫婦で優しくくるんでくれた。
彼が青春時代を送った街に、偶然、私たち家族は引っ越すことになった。
そういう、不思議な地縁もある人だった。


告別式で、亡骸に挨拶したが、もうそこにチンちゃんはいなかった。
もう天国へ行って、日本酒を飲んでいるんだろうな、と思った。


宴会続きと、そんな思いがけない出来事があって、私の交感神経はいっきに暴走。
ある朝起きると、計る前から「これはヤバイ……」とわかるほど発熱していた。

息子を預かってくれたママ友、差し入れをしてくれたパパ友、メッセージをくれた友人たち、大掃除を休ませてくれた職場の仲間たち、みんなに感謝しながら、数日間、眠り姫に……
あ、姫っておこがましいね…眠り婆に……。
 
ママ友が、息子をイタリアンのカウンターデビューさせてくれた。ありがとう♡


ふらふらしながらも、帰省。予約しておいた新幹線になんとか乗った。新幹線でも爆睡。
実家に到着すると、毎年恒例の餅つきをしていた。
親戚一同が、たき火で餅米を蒸して、お酒を飲みながら、朝から夕方まで搗きまくる。
息子はすぐにいとこたちと合流して、大声を上げながら畑を走り回っていた。
子どもたちの声を聞きながら、用意してもらった布団でこんこんと眠る私……
大晦日の今朝も、8時すぎまで眠っていた。


そして、今日のこと。
福島から、幼なじみが帰ってきているという。その息子が発熱中だと聞いて、同じ病人が訪ねて行く分にはいいだろう、と思い、 土産の鳩サブレーを持って、ぶらぶらと歩いて行った。

実家の近所は、道は変わらずとも、立ち並ぶ家々は、一変していた。
なかなかの豪邸がそこかしこに建っている。

あそこは昔、みんなで秘密基地にしていた農具入れがあったな…
竹やぶがずいぶん拓かれたもんだ…
転校して行ったあの子は、どんな人生を歩んだろうか…

息子も、今暮らしている街を、いつか同じような驚きを持って振り返るのだろう、と思うと、なんだか頭がクラクラした。

幼なじみの家で、しばらく世間話。
せっかくの帰省に、子どもがお熱では大変だね、と言うと、これが熱を出さなかったら、夫の家族とスキーへ行かされるところだった、ありがたい、と笑っていた。
自分の家族と水入らずで、年が越せるんだから、熱を出した息子は親孝行だったんだなあ。
ぶらっと立ち寄って、ぶらっと帰る自分の振る舞いが、すっかり地元の中年じみていて、苦笑しながら家へと戻った。
こんなふうに、よく父を訪ねてきた同級生のおじさんも、すっかり鬼籍の人だ。

私も今年は、結婚して初めて、自分の実家で年を越す。
両親が健康で、一緒にいられる時間がありがたく、一日いちにちを大切にしたいなあと思う。

さて、2014年はどんな年だったかと振り返るが、なんだか毎日を、成り行き任せにやり過ごしてしまったような気がしている。

来年は、目標を定めて、毎日を丁寧に生きたい。
いらないものは買わず、無駄に食べず、飲まず、必要なものを見定めたい。

いよいよ今日で大殺界が終わる私……
明日からの飛躍のために、今日で病魔とはお別れだ〜!!

みなさん、よいお年を。
そして、来年からも、どうぞよろしくお願いいたします。