同じ名前の幼なじみと共に、ディズニーシーへ出かけた息子S。
彼はシーは初めて。
ランドのほうが喜ぶだろうとは思ったが・・・
母たちが「酒が飲める」という理由で、シーに決定。
行き帰りも飲むつもりで、電車に乗って、遠路はるばる出かけて行った。
いやま〜、遠路であった。
京葉線への乗り換えで、朝からヘトヘト。
ワクワクのSたち♪
前はお隣の市川市に住んでいたので、近かったなあ。
子供がいたら、年パスを買っていたかもしれない。
と思って、いま調べてみた。
【大人】 | 93,000円 |
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[中人] | 93,000円 |
[小人] | 60,000円 |
[シニア] | 79,000円 |
うん、買わないなw
中人ってなんだろう。同じ値段なら設定いらんだろう。
不思議な天気だった。
乗り換えが遠すぎて、トイレなどに行かせている間に時間を食い、開園前に着くはずが、20分遅れくらいで到着。
暑い日だった。
ジュース2本にお茶の入った水筒を持参したけど、息子と2人ですぐになくなってしまう。
それでも、湿度が低く、日陰は涼しかった。
これが限界だ、夏のこれ以上厳しい天候では、とても来られない、と思う。
とりあえず、しばし並んで、トイストーリーマニアのFPを取り、ゴンドラに乗る。
地味なアトラクションに、静かな2人。
すぐに休憩&おやつ。
ゴンドラの後、そのへんをチンタラ走っているクラシックカーに乗って、「わあ〜、ニューヨークみたいだね」と言ったりしてみるが、息子らシーン。だ〜ね〜。ニューヨークとか知らないわね〜。
その後七夕のショーを観るが、15分間、息子を抱っこ。
腰と膝にきた。
船の上のミッキーは少し遠いので、ランドのパレードとくらべるとイマイチのりが悪い息子たち・・・。
しゃーないし、子供向けのアトラクションへ行くか〜とダラダラ移動。
途中で、フォートレス・エクスプロレーションという、火山の手前にある要塞にさしかかり、宝の地図風のマップをもらうと、いきなり息子たち大興奮!!
「探検だ!」
この地味なとこ。
「あっちだ!」
「待て!こっちだ!」
「オレが船長だ!」
そこは隊長じゃないのか。
「こっちかもしれない!来い!」
いきなり母親に向かって命令口調。
この要塞、4階建てになっているんだけど、のぼったりおりたり、同じとこ入ってみたり、何が楽しいのか、、母たちはついていくのに精一杯。
それでも、ようやくブレイクしだした息子たちの嬉しそうな表情に、安堵の母たち。
「結局さ〜、子供が喜んでる顔見てるのが一番嬉しいんだよね〜」。
「秘密の扉をみつけたぞ!」「何か書いてある!」・・・消火栓だよ。
最下階は、海賊船につながっていた。大砲は、紐をひっぱるとそれらしい音がして、大喜びするSたち。
結局、水遊び・・・。
木樽から、ランダムに水鉄砲が飛び出してくるコーナーがあって、ここで30分以上遊んだ息子たち。ちょろちょろと出るだけだから、まあいいか、と思って放っておいたら、塵も積もればで、Tシャツはびしょぬれ。
とりあえず干して、
結局いつものように裸になるSたち。ここ、どこだろう・・・。
ついにキャストに「危ないから、何か上に着ようね」と諭されてしまった。
乾くまでこのままでよかったが・・・
ここは鎌倉ではない。しぶしぶ別のTシャツを着る息子たち。
さて、ランチ。
ランチ難民になるのも嫌で、ミラコスタのブッフェを予約しておいた。
時間がちょうどよくて、レストランのバルコニーから、クリスタルのショーを観ることができた。息子たちを肩車する母2人。
苦行だった。
「早くショー終われ!!!」
念じる母たち。
「ミッキー!!」
叫ぶ息子。
あ〜、そういえば、私も、この海上のショーは好きだったなあ、と、両肩の重さに耐えながら思い出した。
かつて、仕事でディズニーの謎本を手伝ったことがあり、取材で何度か来たものだった。あの頃はまだシーもできたてで、ハリボテ感が半端なかったが、15年たった今、街の書割りも色合わせて落ち着き、本当の街っぽく見える。天気の良さも手伝って、風景はどこも美しく、本当にヨーロッパだかニューヨークだかに来ているような気がした。
さて、食事。
ショーが終わった後は、お腹をすかせたゲストが メインディッシュのあたりに列をなした。
とりあえず、ドリンクメニューを開く。
な、な、なぬっ!?
ソフトドリンクも別料金かいな!?
小さなプラコップに入ったコーラ、600円超え・・・泣く泣く注文。
シャンパーニュグラス1800円の、スパークリンググラス1400円。
ちょっとけちってスパークリングを 2つ頼んだら、持ってきたボトルは、見覚えのあるヤツ。
「こ、これ、・・・確か仕入れ値1200円前後だぞ!?!」
一瞬目を疑う私。
仕入れ値1200円を一杯1400円で売るってか。。
飲食業はダメね〜、すぐに原価計算してしまう。
くそ〜、シャンパーニュのほうがコスパよかったか!
まあ、ここは夢の国。年に一度来るかどうかなんだから、ケチケチせずに、楽しもう!!
と、言いながら、1杯でやめる私たちw
食事は、細かい前菜がいろいろあって、まあ、酒のつまみとしては悪くなかったが、メインディッシュがなあ〜。牛肉ないんだもん。ローストポークにチキン、鯛のパイ包み。ここでも原価を考えてしまう私。
そしてデザートは明らかにタカナシあたりの出来合い・・・。
息子たちはハヤシライスなどを食べ、デザートでは、なぜか出ていたこんぺいとうに夢中。
こんぺいとうとコインチョコのところに息子がむらがっていると、男性スタッフが
「何個でも食べていいんだよ♪」
当たり前だ!!
ちなみにブッフェは大人4200円、子供1940円(税別)。
デザートを食べ終えた私たち、「珈琲飲みたいね」。
「別料金・・かなあ」
「・・・でしょう」
「・・・や、やめよっか」
珈琲を諦め、ホテルを出た・・・。
「こんぺいとう、おいし〜い!」そ、そこかよ・・・
唯一、キャラクターと写真を撮ったが、これ、ピノキオのキャラだよね。なんていう名前だろう・・。
海底2万マイルがメンテナンスでお休みで、マーメイドラグーンへ移動。
少し遊んで、ビッグバンドビートの2階席へ並ぼう、とまた移動。
ビッグバンドビートは、すでに満席。
たまにしか来ないから、イマイチ効率がわるい私たち。
タワーオブテラーに並ぶも、静かに待っていられない息子たちを見かねて、脱落。
「疲れた」
「足がいたい」
「何か飲みたい」
ぐずぐずしてきたので、少しカフェで休憩をしたら、
エレクトリックレールウェイに乗って、アクアトピアに乗った。
これはキャーキャー言って喜んでいた。
しかし、結局、こういう何でもないところで遊ぶのが一番楽しそう。
FPを取っておいたトイストーリーマニアに乗り、年甲斐もなく高橋名人みたいに連射をがんばってしまったため、くたびれ果てたところで、
「探検!探検!」
あ〜・・・。
また要塞へ行きたいという息子たち。
最後の元気を振り絞って、また歩き出す母2人・・・・。
ところどころで腰をおろしていると、
「行くぞ!!」
と息子に叱られる。
「いや、ちょっと無理、座りたい」
と弱音を吐くと、
「この先に座れるところもあるかもしれないから!」
と説得されてしまった。
なんだかんだで、園を出たのが19時。
息子たちは東京駅までは元気で、京葉線の乗り換えもぴょんぴょん弾みながら歩いてくれた。
東京駅地下の中華で、夕飯。
すべてが安く、美味しく感じる、ディズニー効果・・・。
さすがに疲れたのか、肉まんを食べた2人は、中華屋で撃沈してしまった。
帰りの電車も、眠る息子をそれぞれ抱っこ。
大きくなったねえ、と話しながら帰った。
バギーを使っていたのは、いつまでだっただろう。
お世話になったマクラーレンのバギー(ブックオフで1500円だった)は、ずいぶん前に友達に譲った。
5歳前ともなると、ずっと抱えて歩くのもきつい。
乗り換えの都度、息子を起こし、少しぐずりながらも歩いてくれるようになった。
しかし、結論。
子連れディズニーはやっぱり車で行くべし。
シーでは飲めるとはいえ、子連れではしょせんがっつり飲むことなど不可能。
高いし、1杯しか飲まないなら、飲まなくても一緒だったかな。
帰りの電車の乗り換えの過酷さを考えると、やはり、車だなあ、と思った。
ようやく、こういうテーマパークを楽しめる年齢になってきた息子たち。
小学生になったら、園内で野放しにしてイクスピアリで買い物して飲んでいよう、と話した。
私が子供の頃、両親にいろんなところへ連れていってもらった。
私たちとは違って、まだ若い頃に育児をはじめた両親は、どんな思いで私を見つめていただろう。
それでも、やっぱり同じことを思ったに違いない。
場所はどこであれ、子供が笑う姿を見ることに、幸せを感じる。
何かを見て驚き、感動して、輝く瞳、それを傍らから見ることの、このうえないよろこび。
こうやって、親になっていくんだと実感する。
テーマパークは、子育てにおける定点記憶の場なんだな、とつくづく思った。
そういう意味では、高いホスピタリティと安全性を保持し、次々とエンターテインメントを繰り出すディズニーの運営力は素晴らしい。1杯1400円のスパークリングも、許せる気がする。いや、高い。
私の両親にとってそうした定点記憶の場は、近所の公園だったんじゃないかな。万博会場になったその公園には、数えきれないほどの思い出がある。
さて、あくる朝。
全身に残る疲労感。
節々が乳酸に満ち、むくみがひどい。
ハードな登山の翌日みたいな体になってしまった。これが高齢育児のツケというやつなんだな・・・。
ご苦労様!楽しかったね!
息子が、寝起きにおもしろいことを話していたので、ここに記しておく。
「Sね〜、お母さんのお腹に入る前はね、神様だったんだよ。神様の大学があるんだよ。学校。そこには、無限大数くらい、いっぱい、子供とか赤ちゃんがいて、みんな寝てて、夜になると、光ってるの。Sもそこで、ずっと横になって寝てたんだけど、大きくなって、大人になって、大学4(大学4年生という意味だろうか)くらいになったよ。そうしたら、お母さんの『S、おいで〜』っていう声が聞こえたから、Sは、お母さんのお腹に入って赤ちゃんになったよ。お腹に入るときは、透明なガラスみたいなのに入っていたんだけど、それは割れて、消えてしまった。」
「神様の大学には、ケンタっていう友達がいたんだよ。でもその子は、今は、そういう名前じゃない」
「お父さんが車に轢かれたんだけど、お母さんが、死なないで〜って言ってたから、Sは、お父さんを死なせなかったよ」
どこでこんな話を聞いたの?
夢で見たの?
いろいろ質問してみたが、よくわからなかった。
これが、出生前の記憶というやつなのだろうか。
車に轢かれた云々は、きっと私と夫の話を聞いて、作り出したんじゃないかと思っているが、その他はなかなか興味深かった。よく聞く、子供が語る出生前の記憶の話に、共通点が多いことも、不思議だった。
こんなことを話したことすら、息子は忘れてしまうと思う。
でも、私は憶えていようと思う。