2016年7月4日月曜日

ひまわりの花束

まったくの急展開で、6月で職場を辞した。
今は、しばらく実家で息子と過ごしている。

5年前、お産のために里帰りしたのも、この季節だった。
おおげさなようだけど、自分の人生の節目としての夏がまたやって来た、なんとなく、そう思う。


この夏の計画を考えたとき、いよいよトップシーズンを迎える職場で、このまま働き続けることが難しいと判断したのだけど、 これまで本当に良くしてくれたスタッフのみんなと別れるのは、やっぱり寂しかった。
学生以来、組織に所属し続けてきたので、やめるという選択をすることが怖くて、迷いはあった。
それでも、「選択に自信を持つ」が身上なので、思うままに、ともかく進むことにして、そうすると、さまざまな偶然が重なりはじめ、新しい流れに乗った私の船は、加速を始めるのだった。


そんなここ数週間の出来事を、おぼえがき。

横浜の素敵ママ宅へ、お泊まりパーティー。
女子力の高い2人のママに、おっさんの私がなぜいつも仲良くしてもらえるのか、はなはだハテナなのだけど、この夜も楽しかった。3時近くまで話して笑って、寝不足の朝。

持ち寄りディナー。コブサラダ美味しかったよ!

 幼なじみの3人。仲良し。いつでも息子は裸の大将。

子供たちのテーブルがあるって、嬉しいよね。 

翌日は、夫のジャズバンドの演奏を見に、港区へ。
けっこうお客さんが入っていて、ほとんど練習に参加できていなかった夫の出来が気になる。
ベースの音を注意して聴いてしまう私。
まあ、なかなか良かったんじゃないかな?



今年はボーカルも入って、楽しかった。

「お父さん、かっこいい・・・」と息子。数曲聴いたら、もう飽きてしまったが。。

それにしても港区。
ちょっと停めただけだと思ってたんだけど、駐車料金が高くてびっくりした。
田舎ッペには痛い出費。次回は電車で来よう・・・。

夜は、職場のレストランまで行って、食事を楽しんだ。
夫がお酒を飲まずに我慢してくれて、ありがたく車で帰る。


不思議な縁で、この職場にお世話になった。4年と3ヶ月。

そして、いよいよ勤務の最終日。
引き継ぎ業務をいろいろ片付けて、挨拶してまわる。
スタッフのみんなから、あたたかいねぎらいの言葉と、お別れのプレゼントをいただいた。
最後に仲間たちが見送りに出てきてくれて、涙のお別れ。
泣きながら、最後のロングドライブで、息子の待つ保育園へ向かった。

 若いみんな。優しくて、仕事熱心な人ばかり。娘や妹のように、かわいかった。


5月のおわりに、職場で結婚式の仕事があった。
新人の若いスタッフが進行役に抜擢されて、試行錯誤しながら仕事に取り組む姿を見た。
不器用に時間をかけ、真剣にゲストの要望を聞き、悩んで、落ち込んだりしている様は、20代の頃の自分を思い出させた。
「私も、いつか、できるようになるでしょうか」
手練の私に、涙目で聞いてくる彼女を見ながら、 つくづく思った。
ああ、彼女の仕事人生は、始まったばかりなんだなあ。

20代は手探りで仕事にもがき、30代は采配の世代。40代からは、育成とサポートに回る世代。
家庭、子育てと両立する場合、そこで何を中心にするかは、人によって異なると思うけど、やっぱり、女性の仕事は、20代、30代が最盛期だと思う。

約20年、仕事をしてきた。
これから、どう時間を使うか、今は少し、ゆっくりと考えたいと思っている。

仕事最終日の夜、いただいたプレゼントや手紙を自宅のテーブルにならべて、ひとつずつ眺め、しばらく感傷に浸っていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
荷物かな?と思って出てみると、大好きな西鎌倉のお花屋さんだった。

夫が、私にサプライズで花束を頼んでくれていたのだった。



「お母さん、良かったね!」と息子。ありがとう。

ひまわりを中心にしたアレンジに、
「お仕事お疲れさまでした」
というメッセージがついていた。

 結婚して14年、この花束ほど嬉しかったことはない。
「奥さまはひまわりのイメージで、と、旦那さまからご依頼がありました」
と、花屋さんが言った。

ひ、ひまわり・・・

なんだか嬉しくて、また泣いてしまった。
日中から涙腺が緩んでいるので、すぐ涙が出る。

だいたい、自分の勝手で、仕事を辞める私に、
こんなに優しい気持ちをくれるなんて、なんて人がいいんだろう、と思った。

私は、子どもの頃から、両親に、何かを反対されたことはない。
進路も、結婚も、すべて自分の思う通りにさせてもらった。

しかし、考えてみたら、夫も、私の希望を叶えてくれる人だった。

結婚してくれて、夢だった東京で働かせてくれた。
痩せるために高額なエステ代金を払ってくれたけど、痩せなくても文句を言わなかった。
毎年、私が勝手に行き先を決める海外旅行へ、一緒に行ってくれた。
私が子どもを諦めかけたのに、彼は諦めなかった。
引っ越して家を建て、通勤時間が倍になっても、「引っ越してよかった」と言ってくれた。

もちろん、いいことと同じくらい、腹立たしかったこともトホホなこともある。
だけど、今、夫は、いい人だなあ、と思う。

花束が届いて2時間後くらいに帰宅した夫。
いつもは先に寝てしまう私だが、この夜は彼を待ち、ふたりで美味しいクレマンを飲んだ。
夫はその後安いワインに手を出し、テーブルで寝てしまったので、放置して私はベッドへ入った。

 年末に、弟がくれたクレマン。弟は下戸だけど、彼の友達が、ビオワインのお店をやっているのだ。

 その後、連日、楽しい集いが続いた。
 世田谷の素敵なマダムのお宅では、持ち寄りランチパーティー。
食の趣味がばっちり合うお友達と、有意義なひととき。


 このテーブルコーディネート!素晴らしい世界観。


お友達主催のフリマへ行ったり、ワークショップに参加したり。
ああ、つかの間の、優雅な主婦気分。



これ、私が作りましたっっっ!!グレナトレドさんの、WS@Tサイトにて。貝と、あじさいのリース。


そして今、実家に帰って、両親や弟たちと、リラックスした時間を過ごしている。

諸処片付けた後は、いよいよ旅立ち。

さあ、どうなることやら・・・

不安もあるけれど、新しいことに出合うワクワクのほうが大きい。
また書きます。
 


オロナミンCが大好きないとこ同士。

2016年6月20日月曜日

ハ・ダ・カdeディズニーシー。

梅雨の晴れ間の金曜日。
同じ名前の幼なじみと共に、ディズニーシーへ出かけた息子S。
彼はシーは初めて。

ランドのほうが喜ぶだろうとは思ったが・・・
母たちが「酒が飲める」という理由で、シーに決定。

行き帰りも飲むつもりで、電車に乗って、遠路はるばる出かけて行った。
いやま〜、遠路であった。
京葉線への乗り換えで、朝からヘトヘト。

ワクワクのSたち♪

前はお隣の市川市に住んでいたので、近かったなあ。
子供がいたら、年パスを買っていたかもしれない。
と思って、いま調べてみた。



【大人】93,000円
[中人] 93,000円
[小人] 60,000円
[シニア] 79,000円

うん、買わないなw
中人ってなんだろう。同じ値段なら設定いらんだろう。

 不思議な天気だった。

乗り換えが遠すぎて、トイレなどに行かせている間に時間を食い、開園前に着くはずが、20分遅れくらいで到着。

暑い日だった。
ジュース2本にお茶の入った水筒を持参したけど、息子と2人ですぐになくなってしまう。
それでも、湿度が低く、日陰は涼しかった。
これが限界だ、夏のこれ以上厳しい天候では、とても来られない、と思う。

とりあえず、しばし並んで、トイストーリーマニアのFPを取り、ゴンドラに乗る。

 地味なアトラクションに、静かな2人。

 すぐに休憩&おやつ。

ゴンドラの後、そのへんをチンタラ走っているクラシックカーに乗って、「わあ〜、ニューヨークみたいだね」と言ったりしてみるが、息子らシーン。だ〜ね〜。ニューヨークとか知らないわね〜。

その後七夕のショーを観るが、15分間、息子を抱っこ。
腰と膝にきた。
船の上のミッキーは少し遠いので、ランドのパレードとくらべるとイマイチのりが悪い息子たち・・・。

しゃーないし、子供向けのアトラクションへ行くか〜とダラダラ移動。
途中で、フォートレス・エクスプロレーションという、火山の手前にある要塞にさしかかり、宝の地図風のマップをもらうと、いきなり息子たち大興奮!!

「探検だ!」


この地味なとこ。

「あっちだ!」
「待て!こっちだ!」
「オレが船長だ!」
 そこは隊長じゃないのか。

「こっちかもしれない!来い!」
いきなり母親に向かって命令口調。

 この要塞、4階建てになっているんだけど、のぼったりおりたり、同じとこ入ってみたり、何が楽しいのか、、母たちはついていくのに精一杯。

それでも、ようやくブレイクしだした息子たちの嬉しそうな表情に、安堵の母たち。
「結局さ〜、子供が喜んでる顔見てるのが一番嬉しいんだよね〜」。


「秘密の扉をみつけたぞ!」「何か書いてある!」・・・消火栓だよ。


 最下階は、海賊船につながっていた。大砲は、紐をひっぱるとそれらしい音がして、大喜びするSたち。

結局、水遊び・・・。

木樽から、ランダムに水鉄砲が飛び出してくるコーナーがあって、ここで30分以上遊んだ息子たち。ちょろちょろと出るだけだから、まあいいか、と思って放っておいたら、塵も積もればで、Tシャツはびしょぬれ。


とりあえず干して、

 結局いつものように裸になるSたち。ここ、どこだろう・・・。

ついにキャストに「危ないから、何か上に着ようね」と諭されてしまった。
乾くまでこのままでよかったが・・・
ここは鎌倉ではない。しぶしぶ別のTシャツを着る息子たち。


さて、ランチ。
ランチ難民になるのも嫌で、ミラコスタのブッフェを予約しておいた。
時間がちょうどよくて、レストランのバルコニーから、クリスタルのショーを観ることができた。息子たちを肩車する母2人。
苦行だった。
 「早くショー終われ!!!」
念じる母たち。
 「ミッキー!!」
叫ぶ息子。

あ〜、そういえば、私も、この海上のショーは好きだったなあ、と、両肩の重さに耐えながら思い出した。
かつて、仕事でディズニーの謎本を手伝ったことがあり、取材で何度か来たものだった。あの頃はまだシーもできたてで、ハリボテ感が半端なかったが、15年たった今、街の書割りも色合わせて落ち着き、本当の街っぽく見える。天気の良さも手伝って、風景はどこも美しく、本当にヨーロッパだかニューヨークだかに来ているような気がした。

さて、食事。
ショーが終わった後は、お腹をすかせたゲストが メインディッシュのあたりに列をなした。
とりあえず、ドリンクメニューを開く。

な、な、なぬっ!?
ソフトドリンクも別料金かいな!?

小さなプラコップに入ったコーラ、600円超え・・・泣く泣く注文。

シャンパーニュグラス1800円の、スパークリンググラス1400円。
ちょっとけちってスパークリングを 2つ頼んだら、持ってきたボトルは、見覚えのあるヤツ。
「こ、これ、・・・確か仕入れ値1200円前後だぞ!?!」
一瞬目を疑う私。

仕入れ値1200円を一杯1400円で売るってか。。

飲食業はダメね〜、すぐに原価計算してしまう。
くそ〜、シャンパーニュのほうがコスパよかったか!
まあ、ここは夢の国。年に一度来るかどうかなんだから、ケチケチせずに、楽しもう!!

と、言いながら、1杯でやめる私たちw

食事は、細かい前菜がいろいろあって、まあ、酒のつまみとしては悪くなかったが、メインディッシュがなあ〜。牛肉ないんだもん。ローストポークにチキン、鯛のパイ包み。ここでも原価を考えてしまう私。

そしてデザートは明らかにタカナシあたりの出来合い・・・。

息子たちはハヤシライスなどを食べ、デザートでは、なぜか出ていたこんぺいとうに夢中。
こんぺいとうとコインチョコのところに息子がむらがっていると、男性スタッフが
「何個でも食べていいんだよ♪」

当たり前だ!!

ちなみにブッフェは大人4200円、子供1940円(税別)。

デザートを食べ終えた私たち、「珈琲飲みたいね」。
「別料金・・かなあ」
「・・・でしょう」
「・・・や、やめよっか」

珈琲を諦め、ホテルを出た・・・。

「こんぺいとう、おいし〜い!」そ、そこかよ・・・


唯一、キャラクターと写真を撮ったが、これ、ピノキオのキャラだよね。なんていう名前だろう・・。

海底2万マイルがメンテナンスでお休みで、マーメイドラグーンへ移動。
少し遊んで、ビッグバンドビートの2階席へ並ぼう、とまた移動。
ビッグバンドビートは、すでに満席。

たまにしか来ないから、イマイチ効率がわるい私たち。

タワーオブテラーに並ぶも、静かに待っていられない息子たちを見かねて、脱落。

「疲れた」
「足がいたい」
「何か飲みたい」

ぐずぐずしてきたので、少しカフェで休憩をしたら、
エレクトリックレールウェイに乗って、アクアトピアに乗った。


これはキャーキャー言って喜んでいた。

 しかし、結局、こういう何でもないところで遊ぶのが一番楽しそう。


FPを取っておいたトイストーリーマニアに乗り、年甲斐もなく高橋名人みたいに連射をがんばってしまったため、くたびれ果てたところで、
「探検!探検!」
あ〜・・・。
また要塞へ行きたいという息子たち。

最後の元気を振り絞って、また歩き出す母2人・・・・。
ところどころで腰をおろしていると、
「行くぞ!!」
と息子に叱られる。
「いや、ちょっと無理、座りたい」
と弱音を吐くと、
「この先に座れるところもあるかもしれないから!」
と説得されてしまった。


なんだかんだで、園を出たのが19時。

息子たちは東京駅までは元気で、京葉線の乗り換えもぴょんぴょん弾みながら歩いてくれた。
東京駅地下の中華で、夕飯。
すべてが安く、美味しく感じる、ディズニー効果・・・。
 さすがに疲れたのか、肉まんを食べた2人は、中華屋で撃沈してしまった。

帰りの電車も、眠る息子をそれぞれ抱っこ。
大きくなったねえ、と話しながら帰った。

バギーを使っていたのは、いつまでだっただろう。
お世話になったマクラーレンのバギー(ブックオフで1500円だった)は、ずいぶん前に友達に譲った。
5歳前ともなると、ずっと抱えて歩くのもきつい。
乗り換えの都度、息子を起こし、少しぐずりながらも歩いてくれるようになった。


しかし、結論。
子連れディズニーはやっぱり車で行くべし。
シーでは飲めるとはいえ、子連れではしょせんがっつり飲むことなど不可能。
高いし、1杯しか飲まないなら、飲まなくても一緒だったかな。
帰りの電車の乗り換えの過酷さを考えると、やはり、車だなあ、と思った。

ようやく、こういうテーマパークを楽しめる年齢になってきた息子たち。
小学生になったら、園内で野放しにしてイクスピアリで買い物して飲んでいよう、と話した。


私が子供の頃、両親にいろんなところへ連れていってもらった。
私たちとは違って、まだ若い頃に育児をはじめた両親は、どんな思いで私を見つめていただろう。
それでも、やっぱり同じことを思ったに違いない。
場所はどこであれ、子供が笑う姿を見ることに、幸せを感じる。
何かを見て驚き、感動して、輝く瞳、それを傍らから見ることの、このうえないよろこび。
こうやって、親になっていくんだと実感する。

テーマパークは、子育てにおける定点記憶の場なんだな、とつくづく思った。
そういう意味では、高いホスピタリティと安全性を保持し、次々とエンターテインメントを繰り出すディズニーの運営力は素晴らしい。1杯1400円のスパークリングも、許せる気がする。いや、高い。

私の両親にとってそうした定点記憶の場は、近所の公園だったんじゃないかな。万博会場になったその公園には、数えきれないほどの思い出がある。




さて、あくる朝。
全身に残る疲労感。
節々が乳酸に満ち、むくみがひどい。
ハードな登山の翌日みたいな体になってしまった。これが高齢育児のツケというやつなんだな・・・。




ご苦労様!楽しかったね!



息子が、寝起きにおもしろいことを話していたので、ここに記しておく。

「Sね〜、お母さんのお腹に入る前はね、神様だったんだよ。神様の大学があるんだよ。学校。そこには、無限大数くらい、いっぱい、子供とか赤ちゃんがいて、みんな寝てて、夜になると、光ってるの。Sもそこで、ずっと横になって寝てたんだけど、大きくなって、大人になって、大学4(大学4年生という意味だろうか)くらいになったよ。そうしたら、お母さんの『S、おいで〜』っていう声が聞こえたから、Sは、お母さんのお腹に入って赤ちゃんになったよ。お腹に入るときは、透明なガラスみたいなのに入っていたんだけど、それは割れて、消えてしまった。」

「神様の大学には、ケンタっていう友達がいたんだよ。でもその子は、今は、そういう名前じゃない」

「お父さんが車に轢かれたんだけど、お母さんが、死なないで〜って言ってたから、Sは、お父さんを死なせなかったよ」

どこでこんな話を聞いたの?
夢で見たの?
いろいろ質問してみたが、よくわからなかった。
これが、出生前の記憶というやつなのだろうか。
車に轢かれた云々は、きっと私と夫の話を聞いて、作り出したんじゃないかと思っているが、その他はなかなか興味深かった。よく聞く、子供が語る出生前の記憶の話に、共通点が多いことも、不思議だった。

こんなことを話したことすら、息子は忘れてしまうと思う。
でも、私は憶えていようと思う。





2016年3月9日水曜日

少し早めの七五三

七五三といえば、11月。
なんだけど、この秋はちょっとできそうにないので、思い切って、この春、かぞえの5歳に七五三のお参りをしておくことにした。


友達に紹介してもらった八幡様近くのフォトスタジオには、3月末まで七五三プランがあった。 さっそくポチリと予約。前後で埋まっている様子はなかった。そりゃそうだね、3月に七五三って珍しいよね〜。


前日から、父母が泊まりにやって来た。
父がわが家に来るのは、里帰りから戻った時以来だから、4年ぶりか・・・。
増築された家を眺めて、「ま、3人家族ならこんなもんでええわな」と言った。


このところ出不精になっていた父だけど、きっとこの七五三のための鎌倉旅は、ものすごーーく楽しみにしていたはず。
夕飯を囲みながら、母が言った。
「Hちゃん(父のこと)は、娘に会うときに一番嬉しそうな顔をするよ」

 夫とも日本酒を酌み交わし、楽しい前夜を過ごした。

翌日。
私は保育園ママ友の家へ。
育休中の美容師さんなので、ヘアと着付けをしてくれた。

着物・・・。
かつてあんなに練習したのに、すっかりできなくなってしまった、帯が・・・。
とりあえず、これを機に、名古屋帯からまた練習する予定・・・。
桐のタンスを久々に開けてみたら、出るわ出るわ、これも着てない、あれも着てない。
そうこうしている間にもう年齢に合わなくなったよこの小紋、えっ、こんな帯持ってたっけ、etc.・・・DINKSの間にしこしこ集めたお宝が、悲しげに眠っていた。
が、がんばる!もう一度!

で、この日は、一度も着たことのなかった紬の付け下げにした。
七五三にカジュアルすぎるかなとも思ったけど、時期もずれてるし、春だし、軽い感じで。
しかし絶賛デブ中、着物姿を鏡で見たら、お太りになっている頃の林真理子先生のようだった。


私が着付けをしている間、息子は祖父母とともに近所をお散歩して回ったようだ。
秘密の公園へ祖父母を案内し、江の電沿いのスーパーでおもちゃを買ってもらい、しぶい喫茶店でジュースを飲んで帰ってきた。
簡単に昼食を済ませたら、さっそく出発!


息子は、フォトスタジオでお着付け。
本人も、「お侍さんになる〜♡」とワクワク。
私も母も、親バカ&バババカ炸裂。「Sちゃんかっこいい〜♡♡♡」

馬子にも衣装。
息子は和顔なので、袴がよく似合うと思った。

 青い刺繍の半襟がかわいかった。

 まんざらでもない表情。

羽織は迷わず龍のをチョイス。一番「悪〜い」感じの柄だった・・・さすが氣志團ファン。


 上手にノセて撮ってくれるカメラマン。


でもこんなことばっかりしてる。

ハウススタジオ内でいろいろ場所を替えながら、たくさん撮影してくれたが、息子はふざけてばかり。
こんなのでいい写真撮れてるのかね〜と不安になったが、最後にスライドショーで見てびっくり。
こんなポーズいつ撮ってた!?
ま、まともな表情撮れてる〜・・・一安心。
しかし私はご存知絶賛デブ中。どの写真も、林真理子先生なのであった。

データを送ってもらうのが楽しみだ。
早く来ないかな〜。


撮影後、2時間の貸し出しがあり、袴姿のままで、鶴岡八幡宮へ参拝にGO。
さすがに七五三はいなくて、息子はずいぶん目立ち、外国人観光客から写真を撮られていた。



一目散にかけつけた、ぶどう飴の屋台。



祖父に背負われて。草履は写真のときだけ履き替えたww

 夫も、こう見えてずいぶん肥えた。着痩せするタイプなんだよな〜悔しい。私はくどいようだけど林真理子先生。


参拝も、お宮参りや家内安全などのご祈祷にまざって、さほど待たず、スムーズに。
祝詞のなかで家族の名前が読み上げられ、最後に七五三おめでとうの声をかけてもらうと、なんだかジーンと感動した。
名古屋で行ったお宮参りのことを、思い出した。




 何を食べても美味しい〜江ノ島の名店「日本食ゆうがた」。


七五三の会食は、どこにしようか、少し悩んだ。
華正楼、鎌倉山倶楽部、ローストビーフ鎌倉山、米倉、和さび・・・
少し改まった個室がいいとは思ったのだけど、父のことを考えると、どうもしっくり来なかった。

父の好きな感じの、肩肘を張らずに済む、家庭的な雰囲気のところがいい・・・と思い直して、最終的に決めたのが、江ノ島駅すぐそばの「日本食ゆうがた」

カウンターとテーブル席だけの小さなお店。
割烹料理というよりは、創作和食という感じ。
どの仕事もとっても丁寧だけど、どこか家庭的な味付けがあって、なじみやすい。
こういう和食を作れるようになりたいと思う。教えてくれないかな〜。



この八寸、美味しかった。特に炒ったおから。


和牛いちぼ治部煮・・・絶品だった〜♡


このお店にして、結果的に、大正解だった。

 普段あまり珍しいものを食べない父が、すべて平らげたのだった。
「うまい、うまい」と言って。

がやがやと、カウンターや別のテーブルからほかの客の声が響いて、息子の声もまぎれるし、なんだかとても、いつに増して、居心地が良かった。

日本酒もたっぷり飲んで、いい気分で、ぶらぶら歩いて帰宅。

また皆で行きたいな。


 翌日は、藤沢まで父母を送って行った。
夫行きつけの店で、カウンターに並んでラーメンをすすり、小田急の地下で珈琲を飲んで、改札で別れた。

エレベーターに乗って見えなくなった父母を確認して、私は安堵した。
ああ、無事に終わった。本当に良かった、と思った。

夫は「そんなに一大事だったの?」と言ったが、
うん、私もはじめは、さほど大事に捉えてもいなかったのだけど、
日にちが近づくにつれて、父母の「いそいそ、ワクワクした感じ」が伝わってきて、「ああ、これはきちんとやらねばならないぞ」と、とにかく、いつの間にか、背筋がしゃんとしたのだった。

七五三、息子はきっと記憶に残るまい。
写真を見て、「やったんだな」とデータとして記録するだけだと思う。

だけど、私たちや、息子の祖父母にとっては、結婚式に匹敵するくらい、そこに大切な思いを込めた記憶になる。
というか、親の私たちが意識してそうしなければいけないのだな、と、思ったのだった。

父母を接待するための用意をしながら、だんだんそういう気持ちが大きくなってきて、改めて、七五三の意味を思い知った気がした。
これからの息子の成長と長寿を願うのと共に、無事に5歳まで育てることができた喜びを、家族で分かち合う日なんだな、と、納得したのだった。




裸族シリーズ・・・。

その日の夕方からは、保育園友達の家に集まって、お好み焼きパーティー。
今月で東京へ引っ越してしまう双子の男の子たちの、送別会。
遊んだりケンカしたりお風呂に入ったり、気兼ねない仲間との楽しい時間を過ごした息子。
「保育園行く!保育園行く!」が毎日の口癖。
だんだんジェンダーも顕著になってきて、いつでも男同士の遊びに夢中になっている。
Nくんたち、また遊ぼうね。



少し早いけど、七五三おめでとう、息子。
これからも健康で、元気に、すくすく育ってください。
君の成長が、何よりも楽しみです。
母より。



おまけ:裸族シリーズ、別の保育園の仲間たちと。





2016年3月1日火曜日

悲しみの箱根旅

ブログやFacebookから遠ざかっているうちに、春が来た。
年始に、自分のせいで家族を傷つけてしまったことがあり、その痛手を癒すことがなかなかできなかった。
私は調子のいい人間なので、ふと気が緩むとこういうことが起きる。


それでも、そろそろ春が来たから、ぼちぼちブログを再開しよう、と思った。
読んでほしい人がいるから、書いてみよう。



1月6日は、私の誕生日。
冬休みだから、子供の頃から、あまり人に祝ってもらえないことが多かった。
でも今年は、なぜだろう、たくさんのおめでとうとプレゼントをいただいた。

誕生日当日は、家族で近所のイタリアンにて、こぢんまりと。
という予定でお店へ出向いたら、テーブルが10席仕様になっていた。ワーキングママ友達とその家族が、サプライズで集まってくれたのだった。

職場の仲間からも、思いがけないプレゼントをいただいたり、
湘南の愉快な飲み仲間たちからも、欲しかった手作りの人形(イカコドール)をいただいた。



お家に誘ってくれて、ドン・ペリニョンを開けてくれた人がなんと2人もいた。

一番驚いたプレゼントは、家族3人分のTDRの入場券。
嬉しくて倒れそうになった!
そろそろ暖かくなったから、行くとしようか。

ああ、今年は、やっぱり特別な年になるんだなあ、と実感した1月だった。

みなさん、本当にありがとう。


2月も、来客と、誰かのお家にお邪魔することの多い月だった。
金曜日に友達家族が泊まりにきて、
翌土曜日に、かつて住んでいたマンションの現住人である若い家族が遊びに来てくれて、
翌日曜日は都内の友人宅へ赤ちゃんを見に行く、
という調子で、懐かしい人も、いつも会う人とも、積極的に交流した。
息子も「今日は誰が来るの?」「今日はどこへ行くの?」と毎日聞いてくる。
彼も将来、パーティー好きな寂しがりやさんに成長するに違いない。

そんななか、現職場で初めての社員旅行に連れて行ってもらった。
ええと、これが今回のブログのメインテーマです笑。



サロンバスを貸切で、箱根へ出発!
私は海沿いでバスを待ち、喜び勇んで乗り込んだ。

なんといっても、息子ヌキ、夫ナシで心行くまで飲めるなんて、得難い機会。
前日に、職場で各セクションを回って「明日は飲むぞ〜」と言いふらしていた私。

そういえば前の職場で、サロンバスで伊豆の旅へ行ったなあ・・・♪
楽しすぎたなあ、あれも・・・。明日も楽しむぞ・・・グフグフ

などとあれこれ回想したりして、前夜はほとんど眠れなかった。




早速始まっていた車内宴会。
シェフがコンサート状態で歌い続け、しらけるバス車内・・・笑

私もオーナーに用意してもらったビールを1缶だけ飲み、カラオケに参加。
誰も聞いていないテレサテン。



そして、ランチは自然薯専門店「山薬」。
昔、母の職場へ行く途中にも、あったなあ、自然薯料理専門店。


職場のアラフォー同僚Mちゃんに、「Hちゃん、日本酒飲もう」と誘われるも、なぜか、『ここでお酒はやめておこう』と思った私・・・。
普段なら、確実に飲むのに・・・。
とりあえずお茶をすすりながら、麦とろご飯を流し込んだ。

ポーラ美術館で心洗われた後、到着したのはホテルおかだ。
可もなく不可もない感じの旅館で、社員旅行のムードは高まる。
オプションで選べる浴衣も借りて、さっそくお風呂へ。

お湯に浸かりながら、さっぱりお腹がすかないことに不安をおぼえはじめた。
やっぱり自然薯が胃に留まっているのかしら、腸もなんだかポコポコするし・・・
何度もトイレへ行くも、空砲ばかり。



そして待ちに待った宴会タイム!

ネオの仲間と行った箱根では、順番にカラオケをし、最後は全員でステージに上がって「明日〜がある〜♪」を熱唱したっけなあ〜。ものすごく楽しい思い出・・・
さあ、やるぞ!!!

と、お膳を前に座ったとたん、フラフラ〜っとし、胃腸がどうにもギブアップ。
乾杯の後、ついに

「ダ、ダメだ・・・・!」

30分だけ部屋で横になって来る、と言い残して、宴席を後にした私。



微熱とお腹の苦しさで起き上がることができず、
 結局、このまま飲まず食わずで朝を迎えた・・・・。



 ああ・・・・・。天気もよく、富士山も最高だったんだけどなあ・・・。

やりなおしたい・・・・
できれば、自然薯の前くらいから・・・・・!!

原因は結局はっきりしなかったが、
職場では「張り切り過ぎだろう」と言われる始末・・・。

せめて息子にお土産を、とホテルで買った木製のゴム連射鉄砲も、壊れていた。
ぐすん。

職場の皆さん、ご迷惑おかけしました・・・。
また来年こそは・・・・!って行けないかな・・・。

















さて、最近の息子。

先日、本人にとって4回目となる生活発表会が行われた。
「オオカミと七匹の子やぎ」の劇で「one of 子やぎ」を演じた息子だったが、
去年の熱演ぶりとはうってかわって、 登場するときからニヤニヤ、私語をしたりして役に入り込めず、クネクネとした動き、自意識過剰炸裂。
台詞も声が小さくて聞こえず、情けないが、クラスで一番の不出来だった。
先生が「もう〜Sちゃん、てれすぎなのよ〜。これも成長の一環ですから〜」と言ってくれたが、親としてはがっくりと肩を落とした。

しかし、私にも心当たりがある。
私も、こういう子供だった。
目立ちたいけど、臆病だからあえてやる気の無い振りをする・・・・
ハッ! これはツッパリと同じ心理ではないか・・・!



このところ息子がハマッているのは、氣志團。
仮面ライダーの主題歌だからだけど、こちらのPVを見て以来、「こういう髪型にしたい」と言っている。
ヤンキー路線一直線か・・・トホホ。
まあ、母も嫌いでは、ないけれど・・・。


確かに彼の情緒面はいろいろ変化してきていて、
保育園の友達関係などに悩んだりするようになった。

「仲間に入れてくれない」
「オヤツのときにお隣に座ってくれない」
などと、布団の中で打ち明けたりする。

はじめはテッキリいじめっ子が悪いのかと思っていたが、どうもその後よくよく観察してみると、息子の自意識過剰が多分に作用しているとわかってきた。

確かに上級生のいじめっ子キャラは存在し、彼が息子の友人関係に影響も及ぼしてはいるが、それ以上に息子が臆病で、考えすぎのチキン野郎、なのだった。

「ワシに似たのかしら・・・」
夫がそう言ったが、まあ、それだけでもあるまい。
私も、中学生までは、相当なチキン女子だったと思う。
争いは極力避け、読書に耽溺するような児童だった。
中学生になると、なんだろう、ずいぶんとんがった気持ちが出て来たけれども。
今では向かうところ敵なしのオバハンだ。

夫もたいしたチキン野郎だが、最大の武器;KY力を備えている。
息子にも、このKY力を身につけさせるべきか・・・はたまた、武道などで鍛えるか。

「レディゴー!覚悟!ドキドキ ゴースト!」(←そう聞こえるんだけど、仮面ライダーの真似、本当は何と言っているかわからない)
などと言ってポーズを決めている癖に、すぐに泣く息子を眺めながら、腕組みをする私であった。

最近は鏡を持たせ、
「僕は強い!」
「やればできる!」
と唱えさせているが、果たして、効果のほどはいかに・・・??

























 





































2015年11月2日月曜日

母病床で息子成長

毎日、毎日、僕らは鉄板の〜♪
と、つい毎日口ずさんでしまった。
顔に似合わず、血管が細い私は、採血、点滴、非常に苦労をする。一発でうまくいくことは滅多にない、2、3度、針を刺されては、「ごめんなさいね」と引き抜かれる。。

暇だから撮った点滴コレクション。
アド街風にご覧下さい。





Good Girl♪

なんと結局、腎盂炎ではなかった。
じゃあ何だったんだろう。先生が「肺炎だったか、胆管炎だったかも」と言ったが、いまだにわからない。 今日もまた診察があるが、果たして原因は特定できるだろうか。

長引いたのは、最初にヤブ医者に行ったのが悪かったと思う。
はじめからいい病院で診てもらえば、腎盂炎なんて言われずに、薬も適切なものをもらえただろう。来年はどうしても寝込みたくないから、ここで原因究明しておきたい。

ひどい腰痛。全身の倦怠感。日中は微熱、夜中は高熱。途中から咳、痰が加わったが、これは病院で二次感染したと思う。右目は充血して、めやにとかすみ。ついには口中に口内炎が広がり、絶望的に食事が辛かった。今日になって、ずいぶんと楽になった。口内炎も終盤戦というところ。
いったいなんだったんだ!7days!←分かる人昭和の人

この際、今年のデトックスが終わったと思おう。
神様が、休養せよと言っているんだと信じよう。

病院で点滴をする以外は、安静にしろと言われて、やることもないし、何もかもにやる気が起きないので、テレビばかり見ていた。録画してあった「大地の子」や、「コウノドリ」を見て、涙を流す。「カプトンイ」という韓流ドラマも見た。長くてまだ終わっていない。

食事が、とにかく困った。
自分は食べたくないが、家族には食べさせなければならない。

友達が、息子を保育園に迎えに行ってくれて、ご飯とお風呂を済ませてくれた。
また、別の日には、お惣菜を詰めて持って来てくれたりした。
これはありがたかった。

昨日は、夫もバンドの本番があって留守だったため、息子を公園に連れ出してくれた。



ストライダーが得意で、14インチの自転車なら乗りこなせていた息子。
買い換えをケチって、16インチの自転車を買い与えてあったのだが、まだ足がぎりぎりで、補助輪なしで乗ることができなかった。
それが昨日、友達パパの特訓で、上手に乗れるようになった!

家で寝ていると、続々送られてくる息子の動画。
ありがたいなあ、と涙が出た。
みんなに育ててもらっているんだなあ、と思った。


大きな自転車を乗りこなせることで、息子は自信に満ちた様子で家に帰ってきた。
もう真っ暗だというのに、私と夫に見せたいのか、「自転車やる!」と言い張っていた。

ああ、ついに、自転車に乗れるようになったんだなあ。
しばらくしたら、私の電動自転車の後ろに乗ることも、なくなるのだろう。
早いなあ、本当に早い。

朝起きると、息子の成長ぶりに目を見張る。
こんなに足が長かったっけ?
私が足を開いた部分に、すっぽりと収まって、オムツを換えていたのは、ついこの間のことだったのに。

泣く内容も、ずいぶんと変わってきた。
幼い頃は、自分のワガママや不快感からギャーギャー泣いていたこともあったが、今は少しずつ情緒的な部分が成長していて、
たとえば、今朝などは、
「シャボン玉やる!明日、やる!(年下の)@@君にはやらせてあげないけどね」
などと言うので、
「へえ、 そうなんだ。じゃあさ、たとえば、お隣のお兄ちゃんが、『君にはサッカーやらせてあげないよ』、と言ったらどうする?」
「・・・嫌だ」
「お隣のお兄ちゃんが、君にそういう意地悪を言ったことある?ないよね?どうしてかって、お兄ちゃんは強くて優しいからだよ。お兄ちゃんになるということは、年下の子に優しくするということなんだよ」
「・・・(絶句)」
「君が年下の@@君に、シャボン玉やらせてあげない、と言ったら、@@君は悲しいよね。わかる?」
「・・・ヒックヒック・・・うわあああああーーーん!!」
「お兄ちゃんに、なれるかな?」
「なれる、なれる、ごめんなさい、うわあああん!!」
保育園に送る車の中で、こうしたやりとりをして、大粒の涙を流していた息子。
まったくエモーショナルにもほどがあるが、 だんだん、こうしてコミュニケーションのなかでさまざまな気持ちを覚えているようで、おもしろい。

ある夜は、一緒に寝ている布団から、苦しくて這い出して、自分のベッドに横たわっていると、夜中に目を覚ました息子が慌てて私のそばに来ようとした。
「お母さんはちょっと苦しいから、今日は一人でそこで寝てくれるかな?お願いします」
と言ったら、シクシクしながら自分の布団で眠りについた。
 その様子を見ながら、うわあ、もう一度息子の布団に戻って抱きしめて寝たいという衝動を逆にこらえる自分ww

息子が成長するにつれて、自分がいかに息子に依存しているかを思い知らされる今日このごろ、おっと、いけないいけないと、自制をしては、さまざまに思いを廻らせる。

母も、そうだっただろうか。
息子(私の弟)が、幼い頃はかわいくて仕方がなかったはずだが、今は成人して世帯を持つ息子を、抱くことはない。抱いてたらキモいけど、なんというか、かつては触れ合ったものが触れ合わないのは、どういう感じだろう、などと思ったりする。もちろんゆっくりと過ぎる時間が、そんな執着を摩滅させるのだろうけども。
子どもが成人をして世帯を持つ、という、ある意味親としての幸せなゴールを見届けるのは、どういう気持ちだろうか。

そんなことを考えていたとき、母と電話で話をした。
母もこのところあちこち煩っていたのだが、そんな母が考えていたのは、自分の母親のことだったと言う。

体を壊すと、大切なものがわかる気がする。
自分自身の健康。家族。友達。

思いがけず今年も1週間以上寝込んでしまったけど、さまざまに反省して、来年に向けての気持ちも新たに。

気遣いのメッセージをくれたたくさんの友達、お見舞いに来てくれた職場の仲間たち、
そして、特に私たち家族のサポートをしてくれたH家、S子ちゃん、ありがとう。

元気になったら、みんなのために私も頑張ります!